アクセシブルな公園トイレの計画事例

 ユニバーサル・デザインの実践ノート その1

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石田 享平

1 はじめに
現在供用されている公園の多くは、誰もが使いやすい環境からほど遠い。公共施設の整備計画において「誰もが使いやすい空間環境の創出」を設計上の目標とし 始めたのがつい最近であるせいである。他方、我が国の人口構成の高齢化は急速に進行しつつあり、誰もが活動しやすい環境への改変が急がれている。そんな中、 バリアフリー(以下BFと記す)技術の普及が進む一方で、近年ユニバーサル・デザイン1)(以下UDと記す)が注目されるようになった。前者は具体の実施工法を 提案するのに対して、後者は抽象的な原則を提唱するのみである。その上、UDを具現化するための仕様や工法は周辺環境に依存し、また設計者の創意に委ねられる。 他方、設計者らはUDの理念や原則について各々の解釈に従うのに加え、 原則の展開方法や各種要件との折り合いについて説明してこなかった。これがUDの展開技術を 発展途上にとどめる一因となっている。本報文では筆者らが携わった設計事例から、UDの理念を具体の形に落とし込んだ設計の過程を紹介する。
本研究で検討対象とした公園は1990年代初頭に計画、施行されたことから、公園内のアクセシビリティは移動制約者にとって厳しい条件であった。時代が下り園内の アクセシビリティの改善が計画俎上に上った際、公園駐車場にあるトイレも検討対象となった。トイレの改造は2000年に完了したが、現在このトイレを利用しても、 障害者用個室を備えた、ありふれたトイレにしか見えない。そして、施設改造計画から実施設計までに辿った多くの紆余曲折や検討内容について、その外観から 想像することは困難である。本報文はトイレの設計目標の設定から細部仕様決定まで、UDの理念をどの部分に如何に適用したのかについて具体に紹介する。

2 検討対象とした公園の特徴
2.1 公園の立地
計画対象としたトイレのある公園は、札幌市街から南へ自家用車で1時間程の距離にある。それは支笏洞爺国立公園内にあり、また札幌市の奥座敷と呼ばれる温泉街から 数km程の場所に位置する。近隣居住者等の公園利用については、直近の住宅から1.5km以上距離があり、また温泉街からも2〜3kmほど離れていることから、徒歩による来園は ほとんどなかった。そこで、市街地にあって周辺住民が日常的に利用する都市公園と比べると、そこに求められるサービスや必要となる機能は異なる。
当該公園に近い公共交通機関の接点は公園から数km離れた温泉街にあるバス停のみで、公共交通の便は良くない。また、同公園は国立公園内にあるため遊具などは無く、 ここを目的地とする一般来園者は少なかった。他方、この公園は札幌市から南へ向かう幹線国道に近く、また当該国道から分岐して小樽へ通じる道道脇にある。そこで、 札幌市民がドライブの途次に訪れることの多いことがこの公園の利用上の特徴であった。
2.2 公園の特徴
当該公園内におけるアクセシビリティに係る諸問題はその成り立ちに深く関わる。公園は直上流にある多目的ダムの建設プラント跡地に造成された。ダムサイトは一般に 谷間の狭まった箇所が選ばれることが多く、当該ダムもその例外ではなかった。このため、当該公園は標高差のある5つの広場が谷の急斜面に張り付くように配置されていた(図-1)。 公園内の各広場におかれた利用施設等と、来園者が最初に訪れる広場(F2、駐車場等)から各広場までの標高差とを表-1に示した。

公園の平面図。標高差のある五つの広場が描かれている。 五つの広場にある施設と、駐車場からの比高を示す表。

公園内にある各広場を繋ぐ園路としては、階段と旧工事用道路とが利用されていた。階段は蹴上げ約20cm、踏み面約30cmと標準的な断面構成であるが、車いす使用者を含む 移動制約者の利用には適さなかった。他方、工事用道路は段差がないものの車両通行用として整備されたため、移動環境は厳しい条件である。即ち、F2駐車場とF4休憩広場とを 結ぶ区間は縦断勾配6%前後、曲線部横断勾配4%、坂路延長200m以上である。屋外における高さすり付け用スロープの標準2)が勾配1/12以下、高さ75cm毎に踊り場が必要とされている こととの比較から、上の条件が如何に厳しいか想像できる。最も勾配の急なF4からF5への道路は縦断勾配が15%以上あり、多くの来園者にとって肉体的に負担の大きな連絡路であった。
2.3 公園の管理状況
公園のある地域は積雪量が多いことから、同公園は春から秋までの非積雪期の昼間のみ供用されている。公園管理は札幌市が当たっており、ダム資料館や園内の樹木管理等のため、 開園時間帯には数名のスタッフが常駐している。そして、ダム資料館には常時一名が詰め、来館者に案内などのサービスを行っている。公園が谷間の比較的狭い区域に集中すること、 またダム資料館が公園区域内で最も高い場所にあることから、管理スタッフは公園全体に目配りが可能である。
札幌市街から1時間ばかりで、自然の豊かな山々や森に触れられることから、公園周辺区域には毎年多くの人々が訪れている。当該公園が厳しい移動環境にあることから、 移動制約者に敬遠されるであろうとの開園当初の予想に反して、車いす使用者や老人の来園が相当数あった。他方、一般車両の公園内乗り入れはF2の駐車場までに規制しているため、 ダム資料館へは歩いて登らねばならず、F5まで登ることを断念する来園者も確認された。そこで、F5まで園路を上ることが困難な来園者を確認した場合、スタッフは自家用車を誘導して 資料館まで乗り入れさせるなど、より多くの人々が公園全体を楽しめるようにソフト面から対応を行っている。

3 既設トイレの概況
3.1 トイレの設備構成
既設トイレの平面図を図-2に示した。これは整備当時において、一般的な公衆トイレの構成である。男性用と女性用の棟は、中央の空間を挟んで完全に分離されていた。 男性棟には個室が1室と、小便器が2個、女性棟には個室が2室備えられている。 男性用小便器は床置き式であることから、これは子供から大人まで身長の違いに関わらず 誰もが等しく利用可能なタイプであった。個室は男女用ともすべて和式の便器が備えられており、洋式の便器はなかった。なお、障害者対応の個室はなかった。

既設のトイレの平面図が描かれている。

3.2 トイレ棟へのアクセシビリティ
トイレ棟は南北に細長い駐車場の南端、バス専用駐車帯の脇に設けられている(図-1)。トイレの周辺は一般車両が通らないが、大型バスが出入りするため、トイレ棟の前面には マウントアップ歩道タイプの安全地帯が設けられていた。安全地帯の高さは駐車場路面から20cm高く、徐行で接近するバスからトイレ利用者の安全を守るには十分であった。 ただし、駐車場と安全地帯との間に斜路がないため、車いす使用者によるトイレ棟への接近は安全地帯との境界部分で断たれていた。このため、車いす使用者がトイレ棟内で 携帯トイレを使用したり、化粧台を利用したりするなどの利用まで排除される環境であった。
3.3 既設トイレの使用に困難を感じる人々
改造計画において障害者用個室を増設するだけであれば、従来型のBFと変わるところはない。本件ではUDの観点からサービスの内容を検証し、多様な背景を負う人々が 使いやすい環境とすべく計画を練った。先ず、既設トイレの使用に困難感じる人々について、使用に困難をもたらす原因に着目して次のようにグループ分けして考えた。
第一は医学的機能障害により、通常の施設環境では使用に困難を来す人々のグループである。このグループは従来のBF設計においてサービスの対象とした人々である。 本件公園の環境は車いすでの使用を許さなかった。また、腰掛け式の便器が備えられていないため、関節障害の人々、下肢や腰部に機能障害または故障を抱える人々が 用をたすには肉体的負担が大きく、使用が困難であった。
第二は和式便器を使い慣れないため、その使用に困難や苦痛を感じる人々のグループを想定した。家庭で洋式トイレに馴染んで育った子供らや腰掛け式便器しか知らない外国人などである。 彼らにとって、和式便器でしゃがむ姿勢を維持することは肉体的苦痛、困難または精神的苦痛を伴う。これらの人々にとって和式便器は、我慢さえすれば使用不可能とまでは言えないが、 UDの理念からは改善対象とすべき環境であった。
第三は一時的要因により既存のトイレ使用に不便を感じる人々のグループを考えた。このグループは通常和式トイレの使用に支障を覚えないが、妊娠やけがなど一時的な身体状況から 使用困難となる人々が含まれる。また、子供連れであったり、荷物を多く抱えたりするケースでは、通常寸法の個室の使用が不便な場合がある。このグループは和式のトイレ使用に対して 常に不便を感じるのではないが、それゆえに情報不足もあって切実な不便を経験する可能性がある。
上述の各グループの人々が既設トイレを使用する際に感じる困難の程度や、その補完に要する選択の幅はグループ間で違いが大きい。また、同じグループの人々の間でも、 残された能力の程度や状況等によって使用上の困難は異なる。更に、ある環境に対して使用上の困難を恒常的に抱える人々と、一過性の問題である人々との間で障壁に対する感じ方や 対応方法が異なる。即ち、個々人が必要とする環境要素は各々異なっていると同時に、必要とする条件の幅も広い。この広範な要求性能に対してどのような設計目標を掲げ、 どのような環境を造ろうとするのかが、最初の問題意識となった。

4 UDに基づく設計目標
4.1 UDの理念と設計目標
既設トイレの環境についてUDの理念1)に照らして検証し、ここに改善すべき要件として『誰もが利用できること』と『特別の仕様によらないこと』の2つの課題を設定した。 本件設計ではこれらの要件についてUDの理念に基づく環境の創出を目標とし検討を行った。
4.2 設計対象者
第一の要件に関し公共的施設において『誰もが』とは、前章で述べた多様な背景を負う人々を含む社会の全構成員を想定することになる。しかし、公園の利用が想定される人々について、 文字通り『誰もが』「独力で」使用可能な施設環境を造ろうとすると、設計における要求性能は際限なく拡大する。特に、物理的に使用困難な人々の能力に適応する要求性能は、 機能障害の種類や程度の違い等によりその間口と奥行きの両方が拡大する。他方、UDの7原則に続く附則1)には、UDの各原則は設計上考慮すべき多くの要件の一つに過ぎず、 経済性その他の要件を勘案して決める必要があるとしている。更に、本件公園は通常の生活区域外にあるため、重度の機能障害を持つ人々が介助者なしに単独で来園するとは考えられない。 そして、大部分の人々が自家用車または営業車で来園することを2章で述べた。そこで、これら来園者を個々人ではなく同行するグループ単位で考えるならば、グループ内に 少なくも一人の自動車運転者が含まれることになる。その運転者が機能障害を持つ場合も考えられるが、自動車を運転できない程度に重度の機能障害を持つ人々は、 運転のできる第三者と一緒に訪れると想定される。ここに、重度の機能障害を抱える人々は同伴者による介助が期待できるという前提を導入するならば、設計における要求性能に上限を 設定できると仮定した。
他方、機能障害を抱えつつも自動車を運転できる人々が単独または非保護者とここを訪れるケースでは、第三者からの介助が期待できず、重度の障害者よりも斜路等の物理的障壁に対する 対応能力が低くなることが想定される。そこで、ここでは公園を訪れる可能性のある人々の中で最も重い障害を持つ人ではなく、当該公園を単独で訪れられる人々の内で最も重い障害を持つ人を 念頭に環境整備目標を考えることとした。
4.3 統合性と供用性
第二の要件に関し『特別の仕様』をどのように捉えるかについて先ず検証した。多様な背景を負う人々による広範な要求性能を施設設計に落としこむ上では、一般と異なる仕様を 完全に排除することは困難と考えられる。小用の便器に性差があることをもって、『特別の仕様』とは誰も考えない。つまり、単に他と異なる便器、器具、方法を採用することのみをもって、 それらを『特別な仕様』とするには当たらない。そこで、異なる器具や方法に何か他の要素が附加されるとき、利用者に差別感を抱かせ『特別な仕様』になると考えた。
『特別の仕様』意識を醸成させる他の要因については、「分離性」と「専用性」が重要な要件と考えた。即ち、他と異なる仕様の個室を他から分離して設けるとき、 そこに『特別』との性格が生ずる。また、他と異なる仕様の設備がある特定の人々の専用となるとき、それは『特別の仕様』の施設となる。これより、他と異なる仕様の施設を 『特別の仕様』の施設としないためには、使用方法における「統合性」を追求すること、また特定の人々専用としない「共用性」を備える環境とすることが重要と考えた。 この統合性と供用性の2要件を満たすことができるならば、たとえ改造部分に他と異なる仕様を導入しようとも、UDの理念にかなう環境に近づけると考えた。
4.4 介助の織り込みとプライバシー
重度の機能障害を抱える人々がトイレを使用する際に、同行者による介助を前提に設計仕様を決める旨の考え方を示した。しかし、排泄に関わる行為は誰にとっても 第三者の介在を厭う行為である。第三者の関与の仕方によっては、非介助者の自尊心を傷つける恐れさえある。これはUDの理念から軽視できない問題であるが、 これまで「障害者だから仕方がない」と見過ごされがちであった問題と思われる。そこで、本設計では同伴者による介助を前提としながらも、機能障害を有する人々が 自ら処理できる範囲が少しでも大きくなるように、環境条件を整えるよう留意した。

5 環境要素と設計対象者像
5.1 必要となる環境要素
本事例ではUDの理念に基づき、多様な背景を負う人々が使いやすい環境の創出を目標とした。実際の設計においてサービスの対象者群とそれらの人々の行動制約について、 「誰もが」のような抽象的な対象像ではその目標を具体の形に落とし込むことは難しい。他方、公園利用者で既設トイレの使用に支障のある人々について、3章で3つのグループに大別した。 使用上の問題やその程度がグループ毎にそれぞれ異なることから、グループ毎にトイレ使用における一連の所作を考え、次いで必要となる環境の整理を行った。
第一グループの人々にとって、トイレ棟に接近する段階から、用便を済ませて便房外に出るまでの行為を一連の鎖として捉えることが重要である。なぜなら、 鎖は構成要素のリングがひとつでも不具合が生ずるとき、全体が機能しなくなる点でトイレ使用と同種の弱点を抱えるからである。一連の使用行為を次のように分類した。
   a. 接近、到達(棟外、棟内)
   b. 入・退室(開扉、入房、閉扉、施錠、解錠)
   c. 乗り移り(右側、左側、正対)
   d. 身支度(脱衣、着衣)
   e. 排泄(排便、排尿、導尿他)
   f. 始末(尻拭き、器具洗浄)
   g. 非常時の対応
ここに必須となる主たる環境要素をまとめると、@アクセシビリティの整備、A車いす乗り入れや介助に必要な空間の確保とB立ち座りの楽な便器の導入と考えられる。 この連続する行為のいずれか一つでも支障が生ずるとき、たとえ他の環境が万全であっても、トイレが使用不能となる。
第二グループの人々はしゃがんだ姿勢にて用便することに慣れていない人々である。そこで、利用者がアクセス可能な場所にB腰掛け式の便器が設けたら、 これらの人々の困難は解消できる。ただし、公共のトイレでは腰掛け式便器を不衛生として、その使用を避ける人々もいる。すべてを腰掛け式にすることは、 新たな使用忌避者を作り出す恐れもある。個室が複数ある公衆トイレでは、当面和式便器と腰掛け式の併設も選択肢となろう。
第三グループは何らか一時的要因により、しゃがむ姿勢がとり難い状況にある人々と付加的な空間を必要とする人々であった。前者はB腰掛け式の便器が、 後者はA通常より大きな空間が設けられれば、これらの問題を解決または緩和できる。
以上より、多様な背景を負う人々が肉体的にも精神的にも使いやすい環境の整備に関し、全グループに共通する基本的要求性能が思いの外単純であることが分かった。 即ち、@アクセスの確保、A通常の個室より広いスペースの確保とB腰掛け式の便器の導入とが全グループの要求に対して包括的に応えられる要件である。そこで、 本事例では全要件を必要とする第1のグループが使える施設環境を整えるとき、第2、3のグループの必要条件もおおむね満足できるとの結論に至った。
5.2 設計対象者像
設計対象として想定する使用者の運動能力により整備目標とする環境は異なる。4章で単独にて当該公園を訪れられる障害者の内、最重症者を想定して改造設計を進めることについて述べた。 ここに想定した障害者について、日常行動と結びつく主な運動能力は@手動車いすによる自立生活、A車いすと自動車との間の独力移乗とB車いすの自家用車への独力積み下ろしの3点と整理できる。 移動制約者のうち肢体不自由の病因には、脊髄損傷、進行性疾患、脳性麻痺、切断などがある。脊髄損傷者で上述の三要素を満足可能な障害レベルは、個人差は大きいながらも 頸椎6番の損傷が限界と考えた3)。この条件から設計対象とする移動制約者の人物像を想定すると、損傷箇所:第6頸椎、損傷状況:完全、麻痺状況:両下肢麻痺、腹筋・背筋:麻痺、 両上肢:握力低下、座位バランス:問題ありといった姿が描いた。

6 車いす対応個室トイレ増設の方法
6.1 障害者用トイレの設置基準と現況
障害者用トイレの設置基準は、ハートビル法4)第三条【特定建築主の判断の基準となるべき事項】で「特定建築主の判断の基準となるべき事項を定め、これを公表するものとする」と規定された。 この条項を根拠に平成6年9月、表2の建設省告示が出された5)。即ち、トイレの設置個数は男女共用なら一つ以上、男女別に設ける場合にはそれぞれ一つ以上設けなければならない。
我が国の障害者用トイレはこれまで多くが男女共用として設けられ、男女別に設けられる施設は空港など利用者数の多い施設に限られている。しかし、「車いす対応のトイレについて、 それが男女共用となっていることに対し、『障害者には男も女もないのだろうか』という問題提起が成されている」との指摘もある6)。これはUDの公平の原則からも同じ問題意識が挙げられる。 しかし、従来からの設計において男女共用トイレが多用されてきた理由は、その利用頻度や施設空間の有効利用など、UD以外の要件との価値の綜合を経た結果であり、これを一概に否定することはできない。
6.2 家族用個室トイレ(family toilet)の導入
ニューヨーク州立大学のE. Steinfeld教授はUDの理念に立脚しながら男女共用のトイレを次のように推奨している7)。
『UDに基づき造るトイレは、車いすで使用できるトイレを男女別に造る代わりに、家族用の個室トイレを造る方法もある。そこでは女児や高齢の母親を連れた男性、 また男児や高齢の父親を連れた女性が気まずい思いをすることなく、連れに用を足させられる。このようなトイレは比較的重度の身体的制約を有する人々まで利用できるであろう。』

動作に制約のある人々は便房入室から用便、退室までの一部または大部分の行為に介助を必要とするとしても、排泄行為については可能な限り自力で済ませたいと望む。 そこで、排泄行為の最中に介助者は個室の外で待機し、内部から終了の合図を待つことになる。しかし、女性用のトイレ内で中年男性が耳をそばだてて待機することに当人はもちろんのこと、 事情が飲み込めずにトイレを利用する女性にとっても真に気まずい状況が生起する。もちろん男女それぞれのトイレ内に完全に中立的な空間を設けることができるならばその問題は緩和されるが、 大多数のトイレ設置箇所でそのようなスペースを割く余裕のないのが実状である。
本件の設計において利用環境の改善をすべて施設改良によるのではなく、可能な範囲で同行者の力を借りるとの考え方を採った。そこで、ここではE. Steinfeld博士の考え方に基づく 家族用個室を設けることが望ましいと判断した。

表-2 障害者用トイレの設置基準
一 基礎的基準(中略)
五 便所
(一) 不特定かつ多数の者が利用する便所を設ける場合においては、次に定める基準に適合する便所を一以上(男子用及び女子用の区別があるときは、それぞれ一以上)設けること。(以下略) 

7 家族用個室の設備仕様
7.1 設計条件
本章では多様な背景を持つ利用者の要求に適切に応えられる使用環境の創出を目標に、家族用個室の設備仕様について検討した。従来の障害者用トイレは、 車いすで使用可能な空間を有し、腰掛け式の便器を備え、男女共用として設計された。その設計においてサービス対象として想定した利用者は3章で分類した 「物理的に使用困難な人々」であった。しかし、前章での検証より、上記の3要件を満足する個室は本件で対象とする利用者の要求のおおむね全体をカバーすることが分かったので、 具体の仕様設定に当たっては、 障害者用トイレに関する最新の基準を基本としながら、細部仕様を調整する方法を採った。
7.2 家族用個室の設置場所の選定と寸法
既設のトイレは中央部空間を挟んで男女用の棟が分離される構造であった(図-2)。男女用の入り口は向き合う壁面に開けられ、利用者は性別に関わらずその中央部を 通過してそれぞれの棟に入る配置である。増設個室の既設部分への組み込み方法に関しては、4章で述べた統合性と共用性に留意した。
統合性を高める方策として、トイレの既設部分と増設部分との施設的融合及び使用における動線統合の2つを目標とした。即ち、前者に関しては、個室の増設に当たって、 既設の構成要素から分離したり、独立的な施設配置としたりすることを避けることが望ましいと考えた。また後者に関しては、利用者が当該トイレを使用する際、 いずれの構成要素の利用者も、その主動線を共用できる施設配置とすることが望ましいと考えた。供用性を高める方策として、先に分類した多様な背景を負う人々が 自然に使用できる環境整備を目指した。即ち、従来の障害者用トイレは物理的に使用困難な人々のための専用として設けられたが、本事例においては一時的に問題を抱える人々を含め、 より多様な背景を負う人々をサービスの対象とすることで供用性を施設に吹き込むこととした。以上より、既設の男女用棟の中間にある空間部分に設けることが今回設定した課題に適合するとの結論に至った。
上述の部分に家族用個室に必要な空間が確保できるかを検証した。障害者用個室の寸法にかかる基準は「北海道福祉のまちづくり施設整備マニュアル2」」 (以下施設整備マニュアルと記す)で個室の大きさを200cm四方程度と規定している。男女用両棟の隙間は300cm(壁の芯芯間隔)あり、新たな個室の間口として利用できる幅は、 基準の寸法を満足することが分かった。他方、奥行きは既往トイレの入り口開口部の端部から施設背面の壁までが170cm(同上)しかなく、背面の壁を既設に合わせるのでは 上記基準を割り込むことが分かった。ただし、トイレ棟の背面に崖が迫っており来園者の侵入する場所でないことから、トイレ棟の背面を凸状としたとしても、景観上や利用面に おける支障はなかった。これより、増築部分の背面壁を既往施設の背面壁より40cmはみ出させることとし、上記基準から必要とされる空間を確保した(図-3)。

改造計画ののトイレの平面図がアクセス路と共に描かれている。

7.3 便器の寸法と配置
便座の高さは座位をとったとき両足が床につく高さが姿勢の安定性維持と排便のしやすさとに関わるといわれ3)、通常370〜390mmが採用されている。 他方、種々の機能障害を抱える人々にとって立ち座りやすさから、便座の高さは重心の上下移動が少なくて済む高い方が使いやすい。また、車いす使用者は車いすから便器へ、 またその逆の乗り移りのしやすさから車いすの座面の標準的高さ450mm程度が利用しやすい。本事例では、サービス提供の予定者群にとって便座が低いことに起因する困難性と、 高いことに起因する困難性とを比較考量した結果、便座の高さ450mmを採用することとした。
従来の障害者用トイレの便器は出入り扉から遠くにある隅に、壁と平行に配置する例がほとんどであった。施設整備マニュアルに示されている配置図も、 10例以上あるほとんどが壁と平行に描かれている。これに対して札幌式トイレの考案者である米木秀雄氏は部屋の隅に、両側の壁に対して45度の角度に置く配置を提案している8)。 車いす利用者が便器へ乗り移りする際、車いすを便器に横付ける場合が多いが(図-4)、乗り移りの方向に得手不得手があることが多い。特に、片麻痺の人は残された能力の関係で 車いすと便器との間の乗り移りが一方からしかできない人が多い。壁に平行する配置では壁側から便器に横付けができず、片麻痺の人の半数にとって介助なしでは利用不能な 環境となってしまう。他方、便器を両壁に対して45度に配置すると左右いずれからの乗り移りも可能となり、いずれの片麻痺の人々も使用可能になる。本設計においては 便器を壁に対して斜めに設置する配置を前提として、その周辺器具の配置を考えた(図-4)。

家族用個室内の施設配置と車いすを横付けした平面図が描かれている。

7.4 手摺り
手摺りは施設整備マニュアルの考え方に従った。ただし、側壁がない関係上便器両脇の水平手すりのみの設置し、鉛直手摺りは設置できなかった。
7.5 水洗ボタンとペーパー・ホルダー
水洗ボタンは座ったままの姿勢でそれと認識しやすくかつ操作しやすい配置が望ましい。しかし、便器の配置を壁に斜めにしたため、腰掛けた状態で視野に入る位置にしようとすると、 壁が遠ざかり手が届きにくくなる。ここで対象とする利用者は座位バランスに問題を抱える人も含まれることから、手の届く配置を優先させた。そして、便器への接近時に 認識してもらえるように、接近方向から正面に見える壁に付けた。
トイレットペーパーの使用は、用便後車いす乗り移る前に済ませなければならない。そこで、左右いずれに麻痺のある人も、座位のままで紙を取られるように、紙ホルダーは両脇の手摺りに取り付けた。
7.6 洗面台と器具洗浄台
洗面台は施設整備マニュアルの考え方に従った。設置場所は車いすによる便器への横付けに邪魔にならない位置を考慮した(図-4)。蛇口の開閉機具は操作しやすいレバー・タイプを採用した。
脊髄損傷者は自己導尿により排尿を行うため、排尿後に器具(カテーテル)を洗浄する必要がある。ここでは洗面台と便器との間に空間を採ったため、 使用後の器具を便器上から洗面台で 洗えなくなった。また、使用後の器具を洗面台で洗うことに、衛生面から心理的抵抗が働くことを考慮して、器具洗浄台を便器の近くに設置した(図-4)。 これは自己導尿の器具洗浄を前提とすることから、設置高さは車いす使用者を念頭におき、洗浄中に器具が台に触れぬよう蛇口とのクリアランスを決めた。
7.7 扉
出入り口の開口幅等は施設整備マニュアルによった。扉には通路床に溝が必要なく、開閉に大きな力を要しない釣り下げタイプの引き戸を採用した。
トイレの出入り口の見せ方ないし隠し方について、過度の開放性または閉鎖性はいずれもが利用者にとって精神的圧迫感となるので、UD的な取り組みが重要と考えた部分である。 即ち、トイレの入り口付近が見え過ぎることに忌避感が働く一方で、隠れすぎると安心感が損なわれるので、適度な露出とすることが望まれる。既設のトイレ棟は駐車場から見渡せたが、 出入り口は視線と平行する方向なので、内部への視線が遮断され両者のバランスが保たれていた。他方、増設する個室の扉は視線の方向に面しているため、扉を開けたときには内部が丸見えとなる。 本件設計では家族用個室前面、駐車場との境界部分に目隠し用として花壇を設置した(写真-1)。これにより、出入り口下部を植物越しに見え隠れさせることで 開放性の微妙な均衡をねらった。

改造後のトイレを正面から移した写真。トイレ前の低木が扉の下半分ほどを見え隠れさせている。

7.8 鏡
個室の利用予定者には多様な背景を負う人々を想定すること、及び特別の仕様をなるべく避けるとの考えから、床上85〜180pに鏡を鉛直に設置した。
7.9 ベビーシートBR> 4章で供用性に留意すべきとの考えに至ったことを受け、家族用個室の汎用性を高めるとの考えから、ベビーシートを設置した。
7.10 荷物台
4章で供用性に留意すべきとの考えに至ったことを受け、荷物を抱えた人がゆっくりと用を足せるように荷物台を設置した。
7.11 非常用通報装置
身体に障害を抱える人が用便中に体調に変調を来すことは間々あることで、その際には非常用通報装置が頼りとなる。そのような装置には種々のタイプがあり、 便房の外にランプ等で知らせるだけのものから、管理者と双方向で通話可能なものまである。 本件事例では単独行動可能な障害者を念頭においているので、 トイレの外に合図できるだけの機能では不十分と考えた。また、当該トイレはダム資料館から遠く時間がかかるので、支援要請者が自分の要請が公園スタッフに 伝わったことを確認できる方法が不安緩和の観点から望ましい。ダム資料館には管理スタッフが常駐しているので、双方向で通話可能なシステムを採用した。
7.12 アクセス通路
既設トイレの床面は駐車場より20cm高かった。そこで、増設する家族用個室の床レベルの高さと駐車場からのアクセス方法について検討した。最初に、床レベルを駐車場に合わせる、 即ち安全地帯と男女両棟の間の空間部分を切り下げる案について検討した。この案では駐車場から家族用個室に斜路等特別の方法を介さずに入れるので、UDの観点から望ましい環境である。 しかし、この案では男女用のトイレ入り口部に20cmの段差ができる上に、その段差は利用者が接近時に視認しにくい方向となる。これでは一般利用者がつまずく等の危険が増大する。また、 その段差は新旧部分の新たな結界となるので、 UDから不適な環境と判断した。そこで、家族用個室の床面を既設トイレの床レベルと同じにし、駐車場との間を斜路ですり付けることとした。
駐車場空間への影響を避けつつ高さをすり付ける方法として、トイレ棟と平行に男性用トイレ前の安全地帯を切り下げる案を検討した。しかし、この案では移動制約者と 他の利用者との動線が分かれることになる。この利用形態では斜路が移動制約者のための『特別な仕様』となり4章で掲げた目標に反するので、別の方策を探ることとした。 すべての人に動線を共有させられる環境にするには、斜路をトイレ棟の中央部に駐車場方向に設ければ自然な流れを造られる。そこで安全地帯を撤去し、その撤去スペースで 高さをすり付けるよう配置したところ、斜路の勾配は約7%となった。これは施設整備マニュアルの敷地内の通路勾配 1/15以下にほぼ合致する条件である。積雪期に公園を閉鎖すること 及び斜路の全高が20cmであることから、この条件は実質上受認の範囲であった。他方、親計画である公園の改造計画において、F1〜F4の間に配置する通路の勾配を5%以下と設定した。 UDでは情報の分かりやすさも重要な要件である。通路の勾配はアクセシビリティの基本的条件であり、これに例外を設けることは利用環境を分かりにくくするばかりでなく、 利用者に不要の不安感を与える恐れさえある。本例では些末な部分である故にこそ基本に従うことが重要と判断した。しかし、勾配を5%以下にしようとすると斜路は安全地帯の範囲を超え、 バスの駐車帯に侵入することが避けられない。勾配を5%以下にするためには斜路の延長を伸ばすことが必要なので、これを元の安全地帯の範囲内に収めるため通路をU字形にした(写真-1、図-3)。 この際、誰もが同じ動線を自然に利用し、かつこの迂回に不自然さを感じさせることのないように、U字の隙間部分に花壇を配した。この花壇は駐車場とトイレとを物理的に画する機能、 7.7で述べたプライバシーを保護する機能とトイレの不浄感を緩和する機能を同時に狙ったものである。

8 トイレ案内の表示方法
8.1 一般的な表示法
これまで障害者用トイレを設けた場合に「障害者のための国際シンボル・マーク(以下国際シンボル・マークと記す)」(図-5a)を掲げることが多かった。 この標識はピクト・サインであるため言葉の認識能力頼らず、また国際的に統一された標識であることが利点である。そこで、老若男女、国籍や語学能力等に関わらず 誰もが容易に認識可能な表示方法で、UDの観点から優れた標識である。他方、このマークは車いすとその利用者をシンボル化した図柄であるため、使用対象を車いす使用者に 限定するかの如き印象を与える。たとえ個室内に乳児用のおむつ交換台を備えたとしても、この標識を用いる限り当該施設が車いす使用者に「専用」の施設との印象を与える。 これは4章で目標として掲げた統合性の追求に反する表現である。そこで、多様な背景を有する人々の要求に幅広く応える家族用個室との考え方に相応しい、新たな表示方法を検討することとした。

障害者用トイレに掲げられる標識が3種類示されている。

8.2 最近の表示法
類似事例における国際シンボル・マーク以外の標識を調べたところ、施設整備マニュアルで図-5bの標識が紹介されていた。この標識では車いす使用者に老人と 子供連れを対象として加える意図が読める。しかし、次の理由からこれを採用せず、別途に新たな標識を検討することにした。
本件トイレ改造における重要な課題は、誰もが使用しやすい環境の創出であり、増設する家族用個室も多様な背景を有する人々を利用対象者としている。しかし、 車いす使用者に老人と子供連れを加えたとしても、ある種の肉体的な制約を抱えた人々のための個室との表現である。換言すると特定、特別の人のためのポジティブ・ リストであって利用者を限定する考え方に立つ立場には、前例と本質的に違いがないと考えた。
更に、この標識を見たときに嫌悪感を覚えた。杖をつき腰の曲がった人がシンボル化されている。 老人を意味するものか腰の曲がった人と杖を使用する人とを代表するのかは分からない。 しかし、老人は自らが杖をつき腰の曲がった人間として抽象化されることに、否定的な印象を持つと考える。老人が家族用トイレを使用する理由は、物理的空間や介助等を必要とするからである。 表現方法は技術的また些末的な問題であるかも知れないが、UDを標榜する観点からは利用者が感じる心の問題を軽視すべきではなく、別途の方策を探ることが妥当との判断に至った。
8.3 本事例での表示
既往の表示方法はサービスの対象者を列挙したこ とに『特別』の意味を附加する原因があると考えた。そこで、異なる観点からの表示方法を模索し、提供するサービスの特徴を表す方向で検討した。
本件改造において採用した家族用個室における特徴は、腰掛け式便器の導入と空間の確保にあった。本改造で特に重要な要素は後者と考え、ここでは「広いトイレ WC」と 言葉で表記する方法を採った(図-5c)。また、注書きとして「広いスペースの必要な方はどなたでも」と加えた。これは、広いスペースの必要な人であれば誰もが利用できるが、 スペースの必要性が特に高い利用者がいたら優先させて頂きたいとの設置者の意図を込めたものである。
書き言葉を用いた標識は修学以前の日本人を含め日本語を読めない人々への情報提供の観点から、 国際シンボル・マーク等のピクト・サインに比べサービスの低下が否めない。 しかし、本件トイレは市街地の中にあるトイレの案内ではなく、広大な駐車場の隅にあるトイレの案内である。建物は駐車場のどこからでも視認可能であり、かつその形と大きさから トイレであることは容易に想像できる。車いすで使用可能な個室であるか否かについて、扉を開けなければ断定できないが、他の場所で同様の個室を使用した経験のある人ならば、 中を見なくとも扉の形状で判定可能と考えこれを採用した。

9 おわりに
UDとBFとの違いについていろいろな切り口で語られるが、最も重要な問題意識としてマイノリティへの考え方の違いが挙げられる。BFは誰もが使用可能な環境の整備を目指すとしても、 特定の人々を区別的に扱うことに比較的寛容である。他方、UDは統合的な社会の創出を目指す目標に揺らぎがなく、如何なる区別的扱いに関しても克服の努力を惜しまない。また、 UDではその環境を使用する人々の心の問題にまで踏み込む点において、BFとは設計理念が異なる。即ち、UDの原則では利用者が自己を否定的に感じさせられるような環境を 避けるべきことが謳われており、その対象はすべての利用者に及ぶ。本事例ではかかる違いを意識しながら設計への落とし込みを行った積もりであるが、設計時における目論見と 実際の効用との関係については公園の改造が竣工した後に調査する予定である。

参考文献
1) The Principles of Universal Design:The Center for Universal Dsign, North Carolina State University、http://www.design.ncsu.edu/cud/univ_design/princ_overview.htm
2) 北海道福祉のまちづくり条例施設整備マニュアル:北海道保健福祉部地域福祉課、1998年5月
3) 福祉住環境コーディネーター検定2級テキスト改訂版:東京商工会議所
4) ハートビル法:「高齢者、身体障害者等が円滑に利用できる特定建築物の建築の促進に関する法律」(平成六年六月二十九日法律第四十四号)
5) 建設省告示第千九百八十七号:http://www.heartful.ne.jp/always/heartbuil/kok_1987.html
6) バリアフリー:井上由美子、中央法規、1998年6月、pp190-191
7) The Concept of Universal Design:E. Steinfeld、http://www.ap.buffalo.edu/idea/ publications/free_pubs/pubs_cud.html
8) 車イスにやさしい家:米木英雄、北海道新聞社、1991年1月、2000.6、pp2-3

北海道開発土木研究所月報2002年11月号掲載
2005年4月一部加筆修正
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