アクセシブルな園路の設計計画

 ユニバーサル・デザインの実践ノート その2

PDFファイル ⇒  10.5ポイント   、  12ポイント

石田 享平

はじめに
現在供用されている公園の多くは、誰もが使いやすい環境からほど遠い。公共施設の整備計画において「誰もが使いやすい空間環境の創出」が設計上の目標になったのがつい最近のせいである。 他方、我が国社会の人口構成の高齢化は急速に進行しつつあり、公共空間を誰もが活動しやすい環境に変えることへの要求は高い。その結果、バリア・フリー(以下BFと記す)技術の普及、 浸透がめざましい一方、ユニバーサル・デザイン1)(以下UDと記す)が注目されるようになった。ただし、前者は具体の工法を提案するのに対し、後者は抽象的な原則を提唱するのみである。 その上、UDを具現化する方策は実施個所の環境に依存し、また設計者の創意に委ねられる。ところが、設計者らはUDの理念や原則について各々の解釈に従うのみで、原則の適用過程について 説明してこなかった。これがUDの応用技術を発展途上にとどめる一因となっている。
検討対象とした公園は標高差のある5つの小広場で構成される。各広場を繋ぐ通路及び広場内の移動障壁が厳しいことから、アクセシビリティを改善することとなった。設計においてUDを展開するため、 利用の統合と価値の綜合とに時間をさいた。本報文では筆者らが行った計画から、UDの理念を実施設計に落とし込む過程について紹介する。

1. 検討の対象とした公園の特徴
1.1 公園の立地
計画対象とした公園は札幌市街から南へ自動車で1時間程の距離にある。それは支笏洞爺国立公園内にあり、また隣接する温泉街から2〜3kmに位置する。公園は直近の住宅から1.5km以上離れており、 また温泉のホテル街からも数km離れていることから、徒歩で当該公園を訪れる利用者はほとんどいなかった。従って、周辺住民が日常的に利用する市街地の公園と比べ、そこに求められるサービスや 必要となる機能は異なっている。また、当該公園に最も近い公共交通機関の接続点は温泉街にバス停があるのみで、公共交通の便は良くない。そこで、札幌市民を中心としてドライブの途次等に 立ち寄る人々の多いことがこの公園の利用上の特徴である。
1.2 公園の特徴
当該公園内のアクセシビリティに係る問題はその成り立ちに関わる。公園は直上流にある多目的ダムの建設プラント跡地に造成された。ダムの建設場所は一般に谷間の狭まった箇所が選ばれることが多く、 当該ダムもその例外でなかった。その結果、当該公園は標高差のある5つの小広場が谷の急斜面に張り付くように配置された(図-1)。公園内の各広場に設けられた主な利用施設と、来園者が最初に 訪れる広場(F2、駐車場等)から各広場までの標高差を表-1に示した。

図−1 公園の平面図。標高差のある五つの広場が描かれている。 表−1 五つの広場にある施設と、駐車場からの比高を示す表。
         図−1 公園の全体概要図            表−1 広場の名称と諸元

この公園がダムの直下流にあることに関わる特徴的施設は、ダムの大きさを望めるF1広場、貯水池底部の冷涼さを感じられる F4監査廊とダムの役割を学べるF5資料館である。F1は中景のダムと 近景の記念碑を同時にフレームにおさめられる絶好の記念写真スポットである。監査廊は元々ダム堤体の点検用通路であるが、その一部がダム見学者に公開されている。貯水池底部の水温は 年間を通じて摂氏5度前後で推移する。監査廊内は貯水池の深部に接するため、盛夏でも摂氏10度台に保たれ、他の公園にない異質な空間を体感できる。また、ダム資料館ではダムの計画から 完成までの過程や、ダムが札幌市民の安全で快適な暮らしに如何に役立っているかなどについて学ぶことができる。
1.3 公園の管理状況
公園の周辺は積雪量が多いことから、春から秋までの非積雪期の昼間のみ供用している。ダム資料館に常時一名のスタッフが詰め、来館者への案内などを行っている。当該公園は標高差が 大きいにもかかわらず、供用開始当初から老人や車いす使用者を含む移動制約者の来園があった。そして、一般車両の公園内乗り入れをF2駐車場までに規制しているため、F5ダム資料館まで 上ることを断念する来園者が認められるなど、アクセシビリティの課題が明らかになった。そこで、ダム資料館まで歩いて上ることが困難と思われる来園者を確認した場合に、管理スタッフが 誘導して自家用車でF5まで乗り入れさせるなど、柔軟なサービスの提供してきた。

2.公園内のアクセシビリティの課題
2.1 公園内通路
標高の異なる広場の全体を繋ぐ通路は、アスファルト舗装の旧工事用道路が各広場を縫うように走っている。また、いくつかの広場の間には階段があり、ダム資料館への短絡ルートと なっていた(図-1)。公園内は利用者と自動車を分離するとの管理方針から、F2駐車場より上の広場に通じる旧工事用道路への車両の乗り入れを規制した。そこで、F2より上の旧工事用道路は 歩行者専用の通路として利用できた。しかし、来園者がその通路をメインルートに用いるのは、階段のないF1〜2間とF4〜5間のみであった。F2〜4の通路が遠回りになる上に、通路以上の魅力が ないからであった。他方、この通路には段差がないことから、移動制約者はネガティブ・チョイスとしてこれを利用した。ただし、その利用は一般来園者と異なるルートの選択を強いられる ばかりでなく、物理的にも厳しい利用条件であり、UDの観点から受認の範囲を超えると判断した。 各区間の利用環境は次の通りである。
F1〜4区間は縦断勾配が6%前後、横断勾配は直線部がかまぼこ形、カーブ部分で4%程度の片勾配である。また、各広場の区間距離はF1〜2〜3〜4でそれぞれ約60m、170m、100m、幅員は 約4.5mである(図-1)。屋外のすり付け用スロープの標準2)「勾配1/12以下、高さ75cm毎に踊り場が必要」と比べると過酷な条件である。特に、カーブ区間は横断勾配が加わるため、 道なりに進み難く、車いすでの登坂には厳しい条件である。
F4〜5区間は標高差が16mあり、両広場を繋ぐ通路は縦断勾配が15%以上、斜路長100m以上と一段と厳しい条件である。この勾配は介助者が同行してもなお、車いす使用者が安全に 上り下りできる限界を越える。また、老人がダム資料館への登り口付近で引き返すケースも確認された。
2.2 広場
公園内の各広場はほぼ水平に造成されているが、各広場内の移動環境にいくつか課題が認められた。
F1シンボル広場にはダムの竣工記念碑、噴水のある方形の池及び公園の総合案内板があった。記念碑の周辺は石ばりの台状で芝生面より30cm程高く、移動制約者は近寄れなかった。また、 総合案内板はステージの奥にあるため、接近すらできなかった。F3ピクニック広場は芝生、水飲み場とブロンズ像のあるほぼ水平な空間であった。この広場内には段差や溝はないが、 全面芝生で覆われているため、車いすでの移動抵抗が大きかった。F4休憩広場は噴水のある池とその水路により二分されていた。水路には一箇所石の平板が渡されていたが、厚さが20cm程あるため 移動制約者による通行は困難であった。この広場の見所である監査廊は通路幅2.0m、奥行き45m程のトンネル状で、床面は平坦なコンクリートで移動障壁はない。しかし、監査廊の入り口は 広場を二分する水路の奥にある上、入り口に階段があるため移動制約者の見学は望むべくもなかった。
2.3 トイレ
本件公園はドライブの途次等に使われることが多い。全体の行程や飲食などのタイミングとも関係するが、利用者が来園中に排泄を迎えることもある。しかし、F2にある既設トイレは 設置当時の標準的な構成であり、いわゆる車いす対応の便房はなかった。 そこで、この公園はそれらの人々にとって利用上制約が大きい環境であった。

3.環境改良の目標
3.1 改造計画の端緒
公園のアクセシビリティの改良を考えるとき、一般論として「地形や自然環境がいかなる条件」でも「すべての場所」に「誰もが」アクセス可能となるように計画すべきでなく、また現実にそのように 造られるものでもない。当該公園にこの一般論を適用するとき、アクセシビリティの改良に着手すべきか否か、判断の分かれる事例であった。なぜなら、当該公園は標高差の大きな斜面上に造られており、 アクセシビリティの改良に大規模な地形改変が想定されたからである。更に、長大な斜路を新設したところで、来園者が実際に使おうと思えるかとの疑問もあった。別の切り口からいえば 「障害をもつアメリカ人法3」(以下ADAと記す)」における「妥当な配慮reasonable accommodation」と「重大な支障undue hardship」4)とが拮抗する境界領域にある地形条件であった。
当該公園は自動車で1時間程の圏内に180万都市札幌を抱える一方、周辺には豊かな自然が残されている。1989年に当該公園を供用開始したところ、 多くの市民がここを訪れ、アクセシビリティの 改良への要望が多方面から寄せられた。そこで、「妥当な配慮」の方が「重大な支障」より重いとの判断に至り、より広範な来園者が楽しめる環境整備に向けて改造計画の検討に着手した。
3.2 環境改造計画の目標設定
本計画ではメインテーマにアクセシビリティの改良を、サブテーマにUDの理念の展開を考えた。特にUDを導入する理由は第一に本件公園が札幌市近郊にあり、移動制約のある人々が来園可能な 圏内にあるからである。第二に家族等グループでの来園者が多く、グループがみな一緒に行動できる環境創出が望ましいからであった。そこで、『可能な限り最大限』公園内の「何処でも」 「誰も」が「同じ方法で」楽しめる環境造りを目指した。なぜなら、BFは段差の解消、勾配の制限や必要幅員の確保など、使える「物理的環境」造りを目指すだけだからである。他方、 UDはすべての施設と場所において来園者すべての共用化を追求し、もって「統合的環境」造りを目指すからである。
本件改造のUD化はその閉じられた対象区域内における環境の整備と、区域外からのアクセス環境の整備を目指した。
公園内のアクセス環境は広場間および広場内の移動環境の改良が主課題であった。「物理的環境」改良の観点からは全広場を繋ぐ新たな通路の整備が中心課題であった。また、「統合的環境」 創出の観点からは、新たな通路等を単に「誰もが利用できる」だけでなく、来園者のだれもが無意識に通る環境に造ることを目標とした。
公園外からのアクセス環境としては誰もが安心して訪れ、心おきなく時を過ごせる環境の創出を目標とした。具体策として誰もが自分のペースで乗り降りできる専用駐車スペースの設置と車いす使用者を 含む誰もが使い易いトイレの整備を検討した。駐車スペースを専用化することはUDにおける統合や共用の理念に反するが、我が国の現状5)では専用化の方がサービスの確実な提供に望ましいと考え、 敢えて専用施設とした。トイレのUD化は移動制約者等の公園利用方法を支配する基本条件であり、その具体の計画に関しては別の報文に発表した6)。
3.3 設計におけるサービスの対象とその射程
UDでは「誰もが」利用できる環境の創出を目標とするが、文字通り「誰もが」利用できる環境の実現は不可能である。そこで、設計仕様において「誰もが」とは「どのような人々か」を的確に 想定すると同時に、施設による対応の限界を認識することが、必要なサービスを適切に提供できる環境の創出に欠かせない。本件計画では設計仕様で限界条件を与える人々を広範にとらえるため、 「対象」と「射程」という概念を導入した。
「対象」は設計仕様における限界条件を与える可能性のある人々のグループを指す。UDにおいては異なる属性を持つグループの人々が異なる切り口から設計条件を規定することがあり、これにより 検証対象者群の間口を確保する。また、各グループを構成する人々の間で障害の程度に差があり、ある設計仕様が必ずしもグループ内の人々すべてに同様に有効とは限らない。かかる現実的限界を認め、 そのサービスの届く人々の範囲を明確化するため「射程」という概念を導入した。
「射程」は環境整備によりサービスの及ぶ範囲を対象グループ毎に区画し、利用者の運動能力と環境の使い易さとの関係から、サービスを提供できる範囲を明確化するための概念である。 車いす使用者を「対象」とするなら、自動車を運転して単独行動できる人々から、ほとんどの時間を寝台上で過ごす人まで、その運動能力は幅広い。公園内において自己決定に基づき単独行動できる 人々の範囲をどの水準に置くかで、設計仕様は劇的に変わる。その範囲を区切る目標が「射程」で、これは対象者群の奥行きを確定する。ただし、これを設けることは運動能力がその射程の先にある 対象者にとって、その環境では「すべての場所」を「皆と同じ方法」で利用できない可能性を含む(注記1)。
3.4 設計仕様と「対象」
本件設計では標高差のある広場間の連続化が主たる課題であることから、サービス提供の対象群として移動制約を持つ人々を想定した。ここに、次のグループの人々を念頭に検討を行った。
a. 車いす使用者(肢体麻痺、片麻痺、脳性麻痺、老人、他)
b. 杖の使用者(片麻痺、骨折、関節障害、他)
c. 視覚障害者
d. 老人
e. 乳幼児(バギー利用他)
当該公園は札幌市郊外にあり、徒歩で来園する人はまずなく、大多数が自動車で来園する。つまり、来園者は単独でぶらりと訪れるというよりは、むしろ観光等の意図を持ってグループで 訪れる人がほとんどである。そこで、本設計において「対象」とする人々の利用行動に関し、個人とグループとの両面から考え、設計仕様に反映させることとした。
3.5 設計対象と「射程」
来園者の大多数が自動車を利用する点に注目して「射程」を考えた。「対象」の日常活動が運動能力や公園利用の方法を区分するものさしとして有効と考え、日常行動から次のように分類した。
a. 自動車で単独行動できる人々
b. 介助があれば半日程度の外出できる人々
c. 介助があれば屋外に出られる人々
d. 通院等以外は室内を中心に暮らす人々
来訪者は多くが自家用車もしくは営業車で来園するが、自動車を運転できない移動制約者は運転のできる人と同行する。そこで、移動制約者が同行するグループでは、運転者が移動制約者を 支援するとの前提で設計仕様を考えることとした。この前提に立つならば、上のa〜dのうち「自動車で単独行動できる人」が標高差に起因する移動障壁に対して適応力が最も低い。なぜなら、 b.〜d.の人々は必ず同行者がおり、支援を期待できるからである。そこで、a.の人々を「射程」の限界と考え、物理的環境の設計仕様を検討することとした。この射程の導入により「勾配は 緩いほど移動障壁の緩和には望ましい」という青天井状態から「射程内の人が利用できる勾配を考えれば十分」との上限を設けられた。
グループ毎に射程の限界者像を明らかにし、それらの人々がどのような物理条件まで独力で使えるかを確定しようとした。しかし、医療関係者に聞き取りしたところ、医学的に同等の機能障害を 有する人々であっても、性別、年齢、受傷時期、受傷後の期間、生活環境その他の条件により運動能力に個人差が大きすぎ、障害の種別、程度と運動能力との関係を一般的に表しがたい とのことであった。そこで、施設設計において対象毎に射程の限界となる人々と運動能力を確定し、それらの人々の必要とする物理条件を決定することを断念した。設計仕様は一般的な施設設計基準に 準拠することを基本とし、射程の対象像「自動車で単独行動できる人」を念頭に置きながら具体の仕様を決めた。射程限界の人々の運動能力はおおまかに@手動車いすによる自立生活、 A車いすと自動車との間の独力移乗とB車いすの自家用車への独力積み下ろしできる人々である。

4.通路設計の基本条件
4.1 通路の最大縦断勾配と平面配置
4.1.1 物理的環境と統合的環境との折り合い
改造計画では通路のアクセシビリティ改良に焦点を絞ったので、環境設計における主要な検討事項は縦断勾配であった。なぜなら、通路の物理的環境と統合的環境との善し悪しは、縦断勾配と 斜路長とを介してトレード・オフの関係を構成するからである。即ち、縦断勾配を緩くするほど利用者に対する登坂能力への要求が軽減する一方、斜路長が伸びる(表-2参照)。そして、広場間の 限られた急斜面内に延長の長い通路を配置しようとすると、つづら折りが増え、いびつな形でたたみ込まざるを得ない。その場合、通路は利用する人々にとって単調な区間となるばかりでなく、 斜面周辺にいる人々に通路だらけの異様な景観に映る。そのように不自然な環境は利用者に「移動制約者のため」の「特別」の施設と感じさせ、UDとして欠格となりかねない。他方、大多数の来園者は 通路の延長が短い方が使いやすいが、そうすると縦断勾配は急になり、利用できる対象や射程の範囲が狭くなる。更に、縦断勾配5%以上の通路では危険防止用手すりなど、無粋な設備の導入が 義務化するなどの問題があった。

     表−2 縦断勾配と斜路長(F2〜3:標高差10.5m)
勾配毎の斜路延長を示す表。勾配2%なら525m、4%なら253m、6%なら175mなど。

4.1.2 縦断勾配の検討
我が国における屋外の高さすり付け用通路の基準は、@縦断勾配1/12以下、A高さ75cm毎に踊り場の設置とB手すりの設置7)が標準であった。しかし、この条件は建物の玄関部分など1m前後の すり付けを念頭に定めたもので、本件のように10m以上の標高差を繋ぐ通路に適用することに疑問を持った。そこで、ADAに基づき制定された施設設計ガイドライン8)(以下ADAAGと記す)を 参照したところ、通路に関する規定(4.3.アクセシブルな通路)で、縦断勾配が1:20を越える通路に我が国とほぼ同じの義務条項(4.8.スロープ)があった。他方、これより緩い勾配の通路に 対する規定は無い。そこで、縦断勾配が5%未満であれば、必要に応じて安全対策や休憩場所等を設ければ十分と解釈した。通路の縦断勾配は4.7%未満を標準とし、施工誤差があっても5%以内に 収められるよう設定した。
4.1.3 通路の平面配置の検討
上の検討過程から通路の最大縦断勾配を5%未満と定め、各広場を繋ぐ通路の平面配置を検討した。
F1〜4間は各広場の周縁部斜面を割り当てれば、通路が配置できた。ただし、F2〜3は既往の階段を残すとつづら折りが多くなり、狭い区間を5回以上往復することを余儀なくされる。そこで、 統合的環境の要求を優先し、当該斜面の階段を撤去した。
F4とF5の間の斜面は幅が狭くつづら折りの単位長が短くなる上に広場間の標高差が約16mと大きいため、縦断勾配5%未満の通路を設置するとつづら折りが極端に多くなる。加えて、両広場の間にある 斜面は急勾配であり、斜面に通路を新設するには新たな高盛土か擁壁等の構造物が必要となるため、大規模な地形の改変が避けられなかった。 そうなれば周辺施設や景観への影響も大きくなるので、 この区間では縦断勾配5%未満の通路を設けるとの目標は適用除外とした。
4.2 傾斜的な供用システム
4.2.1 利用環境と対象
射程内の人々が縦断勾配5%未満の環境において、自己決定に基づき通行できるか否かが設計の適否判断の基準となる。しかし、その判定に関し根拠とするものさしを設定できなかった。他方、 車いす使用者の登坂能力は勾配が瞬発力、斜路長が持久力に依存するので、この観点から利用環境について定性的に検討した。ADAAGの規定で縦断勾配5%未満の通路に対して義務規定はない。 当該規定は米国における汎用的な指針であることから、この条件を満たすなら特別の場合を除き大多数の人々が通れると考えた。そこで、斜路長が極端に長くならない限り、この条件なら 「自動車で単独行動できる運動能力を持つ人」が通れると判断した。しかし、F2とF3を繋ぐ斜路は210mを越えることから、たとえ緩勾配であっても持久力への配慮が必要である。更に、長く 単調な通路に来園者が利用意欲を削がれ、斜面を横切る恐れが想定された。そこで、斜路の長く続く区間はいくつかに分割する踊り場を設けると共に、そこには通路利用への動機付けを 確かなものとする工夫を加えることとした。
勾配の長く続くF2〜3区間はつづら折り毎に2〜3分割するように踊り場を設けた。その条件であれば、来園者は持久力の低い移動制約者を含め、自己決定に基づきそれぞれのペースで通行できる。 ただし、この踊り場が移動制約者専用の休憩場所となる、またはそう感じさせるならばUDの環境として失敗である。また、統合的利用の観点からは、多くの来園者がその通路を積極的に 利用したいと感じる、若しくは自然に足を向ける環境に造ることが重要である。そこで、すべての踊り場に利用イベントを配置し、誰もがそこに立ち寄りたいと思わせる仕掛けを用意した。
4.2.2 複層化する射程
環境整備目標における射程は「自動車で単独行動できる人」とした。他方、環境設計において射程を設定するに当たり、運転者を伴って来園する移動制約者は同行者の支援を前提とする旨 述べた。つまり「自動車で単独行動できる人」が利用できる物理的環境であれば、同行者の支援を受けられる移動制約者はその環境を利用できると想定している。即ち、本計画では 環境設計による射程と、人的支援を加えた総合的サービスによる射程と、複層的な射程を前提としてサービスの提供を考えていた。ここでは、前者を射程c、後者を射程tとして、 本件における対象と射程の概念図を整理したのが図-2である。

図−2 車椅子使用者や老人などの対象について、行動能力の違いによりサービスの届く射程の異なる
     ことを示す概念図。
         図−2 対象と射程の関係概念図

4.2.3 傾斜的なインターフェイス
一般通路の最大勾配を5%未満とする一方、F5資料館への通路はその適用除外とした(4.1.3)。そこで、この区間は射程cの人々にとって、園内における不連続点として残された。 この不連続性を補完するため、公園サービスにソフトによる対応を組み入れた。即ち、射程cと射程tの人々による利用が公園全体に及ぶよう、スタッフによりF5へ自動車を 誘導することとした。これにより大部分の来園者が公園の全体を利用できるサービスの達成を目論んだ。
上の関係を整理した関係図が図-3である。白色の部分は設計上、利用者が自己決定により独力で利用できるよう施設対応した部分である。灰色の部分は移動制約者が何らかの支援を前提として 使用できる環境を目指した部分である。黒色部分はUDによる環境整備やソフトによる支援を織り込んでも尚、射程外となる人々である。計画当初、射程cのグループに対して公園全体を 独力で行動できる環境(白色)とすることを目指したが、地形的制約からソフトによる対応を導入した。その結果、射程cの一部に灰色が進入し、色分けが階段状となった。これは移動制約者への サービス提供が傾斜的インターフェイスを形成することを意味する。これを補完するのがソフトによるサービスであり、施設整備による環境改良の限界を認識し、ソフトによる補完を組み込むことの 重要性を示している。図-3において移動制約者のグループを画する目安を例示すならば、射程cは「自動車で単独行動できる人」で、射程tは「介助者がつけば自動車を利用して半日程度の 遠出ができる人」である(図-2)。

公園のF1〜5について、利用者の運動能力毎にどのような利用条件になるかについて概念的に図示。
     例えば、射程cの人々はF1からF4において単独行動可能区域に、F4からF5を車の乗り入れで利用可能区域に表現している。
         図−3 通路と利用対象の関係図

5. 施設設計への落とし込み
5.1 通路のUD化
5.1.1 BFからUDへ
通路の物理的環境目標を決定する過程は4章に示した。しかし、標高差のある二地点を繋ぐのに段差のない通路を導入することや、その勾配に配慮する設計方法は従来のBF的な環境設計でも 行われてきた。UDの考え方を施設設計に落とし込む上で、それらは必要条件であっても十分条件たり得ない。そこで、UDの考え方を展開するに当たり、十分条件として考えるべき事項を検討した。
第一にUDの原則から「利用における公平性と公正性」を設計に落とし込むことが重要である。即ち、誰もが同じサービスを受けられるだけでなく、誰もが同じサービスを「同じ方法」で 受けられる「統合的環境」の創出が重要と考えた。第二にUDの附則より、設計施設がおかれる場所の「特徴的資源」を尊重し、これを活用し、かつ環境的に折り合わせることを考えた。 第三にアクセシビリティの整備過程において、公園的利用との「価値の綜合」の推進が重要と考えた。ここではこれら三点を十分条件の課題として考え、UD化への具体策を詰めることとした。
5.1.2 統合的環境の創出
公平かつ公正な環境創出に関して誰もが「同じ方法」での利用できる環境の具現化について検討した。これを今回計画する通路に落とし込むため「どのような構成のグループでも、 全員が自然に同じルートを通行してしまう環境に造る」との目標に置き換えた。即ち、同行者に乳幼児、老人、車いす使用者等の移動制約者がいるといないとに関わらず、来園者の誰もが いつも無意識に斜路を使うように設計することを目標とした。その目標を具現化する手段として、新設の通路に人々を惹きつける魅力を加えることと、誰もが自然にそれに足を向けてしまう動線の形成を検討した。
誰にとっても魅力的でかつ来園グループの全員が一緒に利用できる統合的環境に新設通路を設えることは、容易な達成目標ではなかった。なぜなら、延長20m程の階段(勾配約2割)と 同210m超の通路とが併存するとき、人々は多くが階段に向かおうとするからである。そして、自らの同行者に移動制約者がいる場合だけ、新たな通路を使う人がでる。そのような使い分けは 移動制約者には負い目を、同行者にはある種の優越感を持たせる。しかし、来園者がかかる心理状態に陥る状況から解き放つ環境こそがUDの目標とするところである。階段を残す方向で 計画していた当時、これを改造計画における最大の課題とした。
動線の形成はF2の駐車場を基点として考えた。大多数が自動車を利用して来園するからである。特に、F2とF3の間は標高差が10.5m、延長が210m超と統合的利用環境の実現が最も困難な区間であり、 かつ園内利用の第一歩となる部分なので、当該区間における動線の形成に重点をおいた。
5.1.3 対象公園の特徴的資源
本件公園が有する特徴として、@国立公園内にあること、A標高差のある広場で構成されること及びBダムの直下流にあることの3点に注目した。国立公園内にあることに関し、 新設通路が人工工作物として、周辺環境に過剰な存在感となることを避けるように留意した。また、公園内に標高差のあることはアクセシビリティ問題の元凶であるが、反面この標高差は 通常の公園にない特徴と見ることができる。そこで、これを資源として活用できるならば、むしろ他に追随を許さない活用資源となる。更に、F4休憩広場の噴水は貯水池の水圧で吹き上げるが、 これは公園内の高所における安定水源であり、通常は得難い条件である。これら3点を本件公園で活用可能な特色と考え、他の公園と差別化する環境を作るための資源と位置づけた。
5.1.4 価値の綜合
「価値の綜合(注記2)」という括りは筆者がUDの原則を説明する際に用いた概念である9)。アクセシビリティに配慮する環境設計はしばしばネガティブな環境要素の緩和や除去を通じて 環境的価値の相対的増大をもたらすように扱われる。他方、設計者や発注者の多くはアクセシビリティに配慮すると、環境や製品における美的調和や経済性が損なわれると考えがちである。 しかし、「価値の綜合」はアクセシビリティを設計に組み込むとき、相反する価値を折り合わせるのでなく、より高い価値に昇華させようとする考え方である。即ち、「価値の綜合」は アクセシビリティの充実を通じて、経済性その他の設計要素と合わせてより高い「ステージ」の価値に高めようとする努力である。
本件設計において価値の綜合化を具現化する目標を、標高差のある利用施設間を新たな通路で結ぶだけでなく、「その通路が公園の意義を増大させられる」ように設えることとした。
5.2 通路の共用化
5.2.1 綜合の方策
公園内の通路は利用施設間を連絡する機能が一義であるが、散策などそこを通行すること自体が公園の楽しみにできるならなお望ましい。 この両者を兼ね備える通路として設計できたら、 延長が200m程度長いことなど苦にならないはずである。そこで、新設通路にはそこを通行することが楽しみとなる魅力を付加すべく検討した。この方策が所期の効用を発揮できるなら、 ここに計画する通路は「移動制約者のためにするアクセス環境の充実」というBF的な問題意識を越え、「誰もが通行したくなる」UD的な環境へと近づけられる。
新設通路には平坦な広場内通路と広場相互を繋ぐ勾配のある斜路とがあるが、特に後者は移動環境がきびしいので、上の綜合化を強く意識した。また、人々をこの通路に向かわせるには、 これに呼び込み、これをたどらせる動機付けが重要と考え、施設配置の中で動線の形成を試みた。
5.2.2 通路に併行する流れ
価値の綜合を展開する方策として、貯水池から導水する噴水の水を通路沿いに流す水路を設けた。F4の噴水で吹き上げた水は、計画当時F1の池を経由して人知れずダム下流の川に戻されていた。 この水を利用して通路沿いに水路を整備することで、新設通路に来園者を惹きつけることを画した。即ち、通路は広場間を段差なしに繋ぐ機能を持つばかりでなく、@利用者に楽しみを提供、 A分散していた広場を有機的に連結、B来園者の動線の自然な創出などの機能を新たに付加することを期待した。
通路をたどる人々は通路脇にある水の流れを眺め、またその源を求めながら登り、或いは水面を流れる枯れ葉を追いつつ下ることが期待できる。これに来園者の誰もが通路沿いをたどる、 即ち移動制約の有無に関わらずみなが同じルートをたどる動機付けとしての機能を期待した。また、通路が標高差のある広場を繋ぐ関係上、水流は勾配のある区間では速い流れとなり、 広場の区間では穏やかな流れとなる。更に、水路の勾配を通路より緩く造ると水路の通路に対する比高を高くできるので、利用者の視点と流水とを近づけられる。また、その比高を利用して 落下する流れを表現もできるなど、場所によって異なる流れを見せられる。かかる演出には公園内の高所に安定的な水源を有すること、その水に変化をつけながら流せる標高差とそれを 見せられる舞台が必須である。当該公園はこれらの条件を外部エネルギーの利用や、わざとらしい地形の改変を行うことなしに実現できる点において、他の公園では得難い特質を持っていた。 通路と水路との配置を図-4に示した。

図−4 公園の全体図に新設の園路と水路が描かれている。
         図−4 通路と水路との位置図

5.2.3 動線の形成
施設の配置と視線の誘導などにより新設通路への動線を形成するように計画した。来園者は多くが自動車で訪れることから、F2の駐車場を起点として新設通路へ人々を誘導することを目指した。 駐車場に降り立つ来園者はまずダム堤体を含め上方を見上げ、続いてダム資料館の方へ視線を移す。このとき、F3下部の斜面とF2から上方に向かうつづら折りが視界に飛び込む。そこで、 駐車場から上に延びる3段のつづら折り下段の途中に人目をひくオブジェを配置した。オブジェはつづら折り下段と中段の落差を利用し、通路沿いに流れてきた水を落下させた(写真-1)。 オブジェが来園者をつづら折り下段の途中まで導ければ、あとは流水がF4までの案内役を務める。この流水こそが本件改造計画におけるUD的環境創出の主役であるが、オブジェを流れ落ちる 姿が来園者にとって初見となる。つづら折りの下段途中まで進んだ来園者を中段、上段へと通路沿いに進ませる工夫として、踊り場毎にいくつかの利用イベントを用意した。イベントには 通路に併行して流れる水を利用したものが多く、そのいくつかを写真-2、3、4に示す。

写真−1 水の流れ落ちるオブジェ。 写真−2 通路沿いの腰高の水路。
     写真−1  水の流れ落ちるオブジェ        写真−2 通路沿いの腰高の水路
写真−3 通路と交差する流れ。 写真−4 水路で戯れる人々。
     写真−3  通路と交差する流れ          写真−4 水路で戯れる人々

5.3 通路の諸元
5.3.1 通路の幅
通路の幅は車いす同士のすれちがえる幅員の確保を必要条件とした。他方、当該区域が国立公園内であることから、舗装面の幅はなるべく狭い方が望ましく、両者が折り合う通路幅を検討した。 車いす同士がすれちがえる通路幅について、我が国では180cm以上という基準2)もあったが、ADAAGでは60in(1525mm)以上とある。通路の縦断勾配決定にADAAGを参考としたこと、及びできる限り 通路の幅を狭く留めたいとの配慮から後者を採用し、通路幅を1550mmと決めた。また、利用者が視覚的に感じる舗装幅の縮小と人工物としての違和感を緩和するため、舗装に褐色のカラー舗装を採用した。
5.3.2 通路の素材
通路に使用する素材は物理的条件と利用的条件とから検討を行った。通路の舗装に求められる物理的条件について、ADAAGは「安定性、堅さとすべり難さ」を規定している(4.5.1床の一般)。しかし、 各項目とも数値目標がないので、項目毎の意図を汲むように舗装素材の選定を行った。他方、利用条件に関して義務規程はないが、視覚障害者を含む誰もがそこを通路と認識しできる環境を創出するため、 使用素材の使い分けを考えた。
素材の仕様検討において車いす使用者と歩行者を利用対象として考えた。車いす使用者の観点からはADAAGの基準にあるように路面は堅い方が望ましい。舗装面が柔らかくなるとタイヤの接地面積が拡がり、 駆動の抵抗が増すからである。他方、歩行者の観点からは、関節に優しい弾性舗装が望ましいとされる。本件通路はADAAGで種々の義務や制限の適用を受ける限界勾配である5%をぎりぎり下回るように 計画した。柔らかな舗装材料の採用は車いすによる走行抵抗を増やし、肉体的負担の観点から路面抵抗と斜面勾配との合成勾配が5%相当を越えることが懸念された。勾配のある区間と広場区間とで 堅さの異なる素材を採用する方法もあったが、同じ機能の区間は同じ素材を用いるとの考えから、両者の要求の折り合える素材を探した。また、両者に共通する要求として、勾配のある区間での すべりに対する安定性の確保を要求項目とした。
弾性がありながら変形の少ない舗装として、表層25mmにコルク粒を重量比3%混入するアスファルト舗装を採用した。コルク粒を含む舗装は衝撃吸収性があり、足にソフトで疲れにくい。 この舗装は仕上げの後に表面を研磨し、舗装面全体にコルク粒を露出させる工法である。舗装表面に露出したコルクは吸盤のように働き、雨天時でも斜面を滑り難くする効果が期待できる。 また、赤の顔料を混入し褐色になったアスファルト基質の中にコルク片が顔を出すと、コルクの黄土色が路面にまだらな表情を与え、通常のアスファルト舗装の持つモノトーンな違和感を緩和する効果が得られた。
5.3.3 踊り場
通路の設計仕様検討においてADAAGの基準を参考にしたが、同基準によると縦断勾配5%未満の通路では踊り場の設置義務はない。しかし、F2〜3の通路は5%弱の勾配が210m以上続くことから、 4.2.1で述べた休憩場所として一連区間に7箇所の踊り場を設けた(図-4)。この区間は標高差が10.5mありこれを8分割するので、踊り場間の平均標高差が約1.3mとなる。ADAAGの規定では 斜路勾配が1/20を越え1/12までの場合における踊り場の設置間隔は、標高差で30in(760mm)以内と規定されている(4.8.4スロープの踊り場)。本件の踊り場設置間隔は上記規定のほぼ 2倍であるが、勾配が基準を満たしていること及び踊り場の倍増は利用者に違和感を持たせるとの懸念から、当初の計画通りの数とした。
踊り場が移動制約者専用の休憩場所となることは、UDの観点から厳に避けなければならない。従って、ここでも踊り場の共用化が重要な課題であり、来園者のだれもが足を止められる場所として その設計仕様を検討した。人々がそこで滞留するとの利用条件から、路面は縦断方向にほぼ水平とした。また、踊り場の寸法は進行方向に2m以上とし、横断方向は利用者の滞留が他の通行への 阻害とならぬよう、通路幅からはみ出すように設けた。なお、ADAAGは踊り場の寸法を60×60in以上としている。踊り場は誰もがそれと認識できる環境とするべく工夫した。踊り場と通路との間で 縦断勾配に変化ができるため、その勾配変化が空足などの原因となるからである。また、その部分で公園を楽しむためのイベントを用意するからでもある。具体の工法は踊り場の舗装素材に 勾配のある区間より柔らかな材料(カラーゴムチップ)を採用し、杖や靴のかかとで認識できるようにした。このほか、舗装の色を勾配のある区間の褐色に対し、暗灰色にすることで視覚的にも 認知できる方法を採った(写真-5)。

写真−5 暗褐色の途中に暗い灰色の踊り場の写っている写真。
        写真−5  通路と踊り場(F3〜4)

5.3.4 通路上の特異点
公園内には噴水池や、見学用監査廊、水飲み場等、利用施設が各所に分散している。それらの一部は通路沿いにあり、また残りは分岐した通路の先にある。そこで、通路上にはその近傍に楽しむ、 休むなどの利用施設のある地点や、分岐のある地点など、来園者が何らかの選択をする場所が分散する。それらの地点は通路上にありながら通過するだけの場所でないので、そこに何らかの 選択肢のあることを認識できることが望ましい。他方、勾配のある区間における踊り場もまた利用イベントのある箇所や折り返し点であり、上の特異点と同様の機能を有する。そこで、 広場など水平区間であっても、それら特異点には踊り場と同じ構造の舗装を採用した。つまり、通路には弾力性と色の異なる二種類の舗装材料を用い、誰もが自らの居る場所が通路であること、 またその場所が一般通路であるか、選択肢のある特異点であるかを識別できるように試みた。
5.3.5 イメージ・マップ形成の試み
視覚障害者が公園など拡がりのある空間を認識する際、頭の中でイメージ・マップ10)を展開する由である。通路は図-4に示すように本公園のすみずみまで伸びている。また、通路の周辺に 利用施設のある地点には、特異点であることを認識させる工夫を加えた。平面内にめぐらした線状の通路と、線上に分散する特異点をイメージ・マップの形成の一助とすることを目論んだ。
利用者の移動に合わせてそれを示すと、駐車場から通路に入る場所に公園全体の案内板(未設置)があり、通路を登り始めて【最初の特異点】右は水の流れ落ちるオブジェ、【二番目の特異点】は 折り返し点、【三番目の特異点】左はニセアカシアの木陰があり樹皮に触れられる場所、【四番目の特異点】左は腰高で水路の水に触れられる地点、【五番目の特異点】は折り返し点で 大きな水音のオブジェがある場所、…、【八番目の特異点】 左は水飲み場、【九番目の特異点】は分岐点でいずれを進んでもF4広場と監査廊方面へ向かう、等々。通路をたどる限り、 あるインターバルで特異点が現れ、それらに何らかのイベントや選択肢を用意した。行為と記憶とを結び付けることを通じて、鮮明なイメージ・マップの形成を画した。
イメージ・マップは通路のみで形成するものでなく、公園全体で考えるべきである。上では、通路上の特異点を通しての情報の授受と記憶の固定を試みたが、既述の水路をイメージ・マップの 構成要素とする試みも行った。5.2.2で流れの変化が視覚的な演出となる旨述べたが、それは水音をも演出する(写真-6)。即ち、水路勾配、水路幅と水深、水路床の石のかたちと 大きさ等の違いにより水音は変化し、聴覚景観が変化する。また、流れが通路と交差する箇所で水音は立体感を帯び、更にF4の噴水は流れとは全く違った音を提供する。聴覚のみならず、 触覚や嗅覚に訴えるイベントについても検討中である。

写真−6 園路脇を階段状に流れ下る流れの写真。 写真−7 旧工事用道路を塞ぐチェーンと管理スタッフと通話可能なインターフォンが写った写真。
          写真−6  音と光のある通路         写真−7  遮断機とインターフォン

5.3.6 自動車の乗り入れ管理
開園当時は自動車の乗り入れ規制のため、F2駐車場の入り口とF3へ向かう旧工事用道路との分岐箇所に自動車の侵入防止柵を設けていた。改造計画において同じ箇所に遠隔操作の可能な 遮断機と双方向通話可能なインターフォンを設けた(図-4、写真-7)。インターフォンは自動車の運転席から操作できる位置と高さに設置し、その脇に利用方法を記し、来園者の自己申告 により利用可能にした。インターフォンの他端はダム資料館の事務室におき、常駐のスタッフは来園者から申し出があったとき、車両進入規制区域内への自動車乗り入れの注意を与え、 遮断機を遠隔操作する方式を採用した。これにより4.2.3の傾斜的サービスの公園管理への組み入れを現実化した。

6 まとめ
UDの7原則は簡明そうに見えるが、それを具体の設計に落とし込む方法について「何をどうしたらよいのかが分からない」との指摘を聞く。本文はそのような声を意識しつつ、 筆者らが取り組んだ事例において、計画、設計過程におけるUD的な取り組みについて紹介した。この設計過程の全体を通じて特に重要な点は以下の通りである。
UDは誰もが使える環境の創出を目指すといいながら、その誰もがとは設計上どのような人々を対象と考え、どのようなサービスを提供しようとするのかを計画・設計者が認識することが重要である。 本事例では以下の点に留意した。
(1) 環境設計において文字通り「誰もが」「同じように」利用できる環境を施設対応だけで達成することが困難である現実を受け入れた。
(2) 設計において境界条件を与える利用者を包括的にとらえるため、「対象」と「射程」という概念を導入した。
(3) 本設計事例においては移動制約者を対象と し、「自動車で単独行動できる人」を射程と想定して環境設計を行った。
(4) 地形的制約により、全体計画でサービスの提供対象と想定した人々の一部が通行不能な箇所を残さざるを得なかった。そこで、ソフトで補完する傾斜的なインターフェイスを採用した。
以上、環境整備にソフトを組み合わせる方法により、「介助者がいれば半日程度の遠出できる人」まで受け入れ可能な環境の創出を目指した。

これら設計上サービスの提供対象とする人々のアクセシビリティを保障するため、次のような物理的環境整備手法を採用した。
(1) 通路の設計上の縦断勾配は一部区間を除き4.7%を標準とし、施行誤差を織り込んだ上で5%以内に収めるように計画した。
(2) F2〜3は勾配が210m以上続き、移動制約者に持久力の問題が懸念された。そこで、踊り場等の休憩場所を適宜配置した。
(3) 通路の幅員は車いす使用者がすれ違える一方、周辺環境への配慮からなるべく狭く留めたいとの考えから1550mmとした。
(4) 通路の舗装素材は歩行者と車いす使用者との利用性を折り合わせるとの観点から、コルクを混入したアスファルト舗装を採用した。

目標とするアクセシビリティを具体の施設設計に落とし込む際に、利用の統合と価値の綜合とを意識しつつ、次の方策を採ることとした。
(1) 長大な通路の統合的な利用を実現するため、通ることが楽しく感じられる演出を試みた。
(2) 上記演出にはこの公園の特色である、貯水池の存在と標高差のある地形を生かし、通路沿いに表情の変化する水の流れを配置した。
(3) 来園者の駐車場から通路に動線誘導するため、F2〜3通路の下段途中に人目を引くオブジェを配置した。
(4) 勾配のある区間の踊り場を移動制約者専用休憩場所としないため、誰もが興味を持ち、足を止めたくなるイベントを用意した。
(5) 公園内の案内役としての通路の役割を考え、休憩場所、見処ころ、分岐点などの特異点を認識しやすくすべく、通路には二種類の色と質感の素材を採用した。
(6) 公園の隅々まで線状に伸びる通路、通路上に配置した特異点と利用イベントの組み合わせによりイメージ・マップ形成を試みた。
(7) 公園の施設である水路や噴水が発する水音により、聴覚的風景変化を試した。
(8) 傾斜的インターフェイスを実効あらしめるため、遠隔操作できる車止めと双方向通話可能なインターフォンを設置した。
(9) 「価値の綜合」の具体化として、新たに設ける通路を単に通過するだけでなく、公園を楽しめる施設に価値を高めることを目指した。

本件公園の改造計画は予算的制約が大きかったことから、アクセシビリティの改良だけを行った。そこで、公園利用の観点からは未だ多くの改善事項が残されている。今回新たに盛り込んだ施設の 美的調和や周辺景観との折り合いも改善すべき点が多い。また、多くの仮定や前提に基づいて計画したので、公園を供用しつつ利用上の課題の調査が必要である。UD施設は施設完成時点が真の スタート地点であり、供用を通じて所期の目標に近づけるべく、不具合の修正とサービスの向上の継続が必要である。

おわりに
UDといえば「誰もが利用できる環境」のように耳触りのよい目標ばかりが語られるが、実務においては将来に残される設計課題や施設管理者に託される運用問題が重要な場合もある。そして、 計画者や設計者が施主や利用者に対して明確に伝えるべき情報は、むしろ残される課題にある。しかるに、これまで見聞きした多くのUD事例は、その改善目標ばかりが喧伝され、同程度に 重要な他面が伝えられなかったように感じる。既往の施設から類推して利用できないだろうと利用を諦める人々に対して、利用できる施設が整備されたことを伝えることの重要性は否定しない。 その一方で、射程内の人々やその向こうに残される人々について伝えることは、適切な施設利用と公共サービスの提供において不可欠な要件である。計画者や設計者は「誰にも優しい」 などと言った快い表現にだまされることなく、自らが作り出す環境の限界と管理・運用の重要性について公言する勇気を持って欲しい。
本計画を要約すれば「公園に斜路を新設してバリア・フリーを実現した」と、一行で表現できる内容である。しかし、たったそれだけの内容について計画し、具体の施設設計に落とし込むのに 費やしたエネルギーは膨大なものであった。本文はその計画過程のエッセンスのみであり、実際の作業過程では膨大な労力が費やされている。実施段階で日の目をみたものより、検討の途上で 立ち消えになったり、断念したり、放棄した案の方がはるかに多い。BFパーツの寄せ集めとUD宣言でUD施設が成り立つ昨今、この無駄な努力と迷走こそがUDの真髄という感さえ持つ。また、 本計画の舞台が何処のダムか、土地勘のある方であれば誰もが容易に分かる。しかし、本文中にはダム名や公園名を敢えて記していない。それは、以前から繰り返し述べてきた9)ことであるが、 UD施設であると公に宣伝したとたんにそれはUD施設たる条件を自ら放棄したと考えるからである。本文がUDの深化に挑戦される方々にとって、足がかりになれば幸いである。

謝  辞
通路の共用化の方策に関しては札幌市立高等専門学校の上遠野敏教授と吉田惠介教授から、また視覚障害者の公園利用の観点に関しては北海点字図書館の後藤健市事務局長から多くの助言を 頂いたことをここに記し、謝意を表する。ただし、当方の理解能力や表現能力の不足により、せっかく頂戴した貴重な助言を消化しきれずに終わった部分が少なくなかったことを記し、 お詫びとするものである。

参考資料
1) The Principles of Universal Design:The Center for Universal Design, North Carolina State University、http://www.design.ncsu.edu/cud/ univ_design/princ_overview.htm
2) 北海道福祉のまちづくり条例 施設整備マニュアル:(財)北海道建築指導センター
3) 例えば、障害を持つアメリカ人に関する法律:中野善達、藤田和弘、田島裕編、湘南出版社
4) 例えば、ADAの衝撃:八代英太、冨安芳和編、学苑社、pp33
5) 02の法則:石田享平、北海道開発土木研究所月報、2001年10月、pp2-3
6) アクセシブルな車いす対応トイレの計画事例:石田享平、鈴木優一、竹本秀子、北海道開発土木研究所所報、2002年11月pp2-12 7) 例えば、特定施設を高齢者、身体障害者等が円滑に利用できるようにするための措置に関し特定建築主の判断の基準となるべき事項を定める件: 平成6年建設省告示第1987号
8) ADAAG:The Access Board、http://www.access-board.gov/adaag/html/adaag.htm
9) ユニバーサル・デザインの原則:石田享平、北海道開発土木研究所月報、2001年4月、pp12-17
10) 頭の中に描く地図、検索エンジンで視覚障害者とイメージ・マップまたはメンタル・マップで検索すると参考となる情報が見いだせます



注記
(注記1)
ハードの設計仕様を検討するに当たり「射程」のような概念を持ち込むことは、その「射程」の先にある人々をサービスの対象外に残すことを意味する。これはUDの理念に反するように思われるが、 そうではない。なぜなら、UDの原則の定義において「可能な限り最大限度まで」といった限定を付け、附記において「他の事項への配慮も組み入れなければならない」といった考え方が 提示されているからである。他方、この「射程」を明確に意識し、表明することは、ハード以外の対策を含めて総合的なサービス提供の必要性を明らかにでき、結果としてハードにより 射程外に残す人々を含めてきめて細やかなサービス提供の可能性を開くことになる。

(注記2)
「そうごう」という表現に当用漢字にない漢字を敢えて用いる理由について触れる。環境や製品のアクセシビリティを拡大しようとするとき、 経済性や美的調和が損なわれるとの指摘もある。 しかし、UDは相反する要求を無視したり折り合わせたりするのではなく、相反する価値を合わせてより高い価値を作り出すことを目指す。この意味を表現する言葉を探したところ、広辞苑で 「総合・綜合」に「B弁証法で、相互に矛盾する定律と反定律とを止揚すること」とある概念に類似性を認め、この表現を当てることとした。ただし、これを「総合」とした場合にはただ単なる 寄せ集めの意味としてしか受け取られかねず、上述の意味があることに気付いてもらえない可能性を恐れた。そこで、「そうごう」の前で立ち止まってもらいたく、当用漢字にない「綜合」を用いた。 ちなみに、「総」には「糸を束ねる」とそれに派生する意味が殆どであるのに対し、「綜」には糸を束ねる意味の他に「機織りの道具でたて糸を通して整えるもの」といった意味がある。 多くの糸をただ束ねても太い糸にしかならないが、糸を織り上げると全く異なる次元の価値を持つ布とできることから、「綜」の字を当てることとした。性質や色の異なる糸から 織り上げられる多様な布地を想像すれば、糸と布の「ステージ」の違いが想像できよう。

北海道開発土木研究所月報2003年10月号掲載
2005年4月一部加筆修正
ユニバーサル・デザインの実践ノート に戻る